うさぎは星の夢を見、少年は宇宙の想いを知る。

 ――珍しくガタンと、音がなった。
 ぼんやりと頬杖をつき、窓の外を眺めていたが、ふと同じ長椅子に座るうさぎを見やる。
「ルーヴさん、ルーヴさん、あれはなんていう星なんでしょう!」
 こ洒落た帽子に、同柄のジャケットとパンツ。中にはパリっとした質の良さそうなシャツを着ている――うさぎ。
 語弊ではない。それはそれはたいそう立派なうさぎだ。
 しかし、人のように立派に二本足で立っていて、自分の膝を少し越すくらいの身長である。けれど帽子からは長い耳が出、嬉しそうにぴょこぴょこ揺らしている。
 きっとあの厚地のジャケットの下には丸いしっぽが隠れているのだろう、ジャケットの裾が少し浮いていた。
「わああ、あれが天の川ですかね!? すごいなぁ、ボク、こんなに間近で見るの初めてです!」
 うさぎはにこやかに笑う。
 ……奇妙な事態になっている。そう、今俺は、その人のようなうさぎと一緒に星空を眺めているのだ。
 星空……といっても、360度広がる大パノラマ……というわけではなく、むしろ閉鎖的に、大きな窓から星空を眺めていた。
 そう、今いる場所は、夢か現かは知らないが――
「ボク、宇宙鉄道乗車券に当選して、今すっごく嬉しいです!」
 ――宇宙を走っている、鉄道の中なのだ。


 鉄道は音もなく未知の世界へ誘い込む。
 多分きっと、これは夢なのだとは思う。けれど別に冷めなくてもいい気がするのは、なぜなのだろう。
 そうとは知らないうさぎは無邪気にガラスを叩き、行く先々で星々に感嘆の言葉を述べ、そしてその喜びを俺に伝えた。
「ルーヴさん、きっとあの星は神話にでてくる星ですよ! すごいなぁ、ボク、神話なんて一回しか読んでなかったけど、すぐに思い出しました!」
 ぴょこぴょこと耳を揺らせながら、ニコニコと嬉しそうに星を見る(近すぎて最早眺める、ではないきがする)、うさぎ。
 その横で俺はそんな気持ちにもなれず、ぼんやりと取り留めのないことを考えていた。
 ……街では星なんて見なかった。
 いや、見てることは見ていた。フィルやイッキが横で嬉しそうに知らせてくれるからだ。

――ルーヴ、見てみなよ、今日は6等星までくっきり見えてるみたいだよ。きれいだなぁ。
 その日は砂糖をばらまいたかのようにまばゆい星空だった。あまりの明るさにフィルの横顔が薄ぼんやりと光っていたことを覚えている。

――おーっっ! せんせ、あれが夏の大三角っスよね!? やーすごいっスー!
 ……今の季節は晩秋だろうが、と言ったことを覚えている。ただ、あの街には"アツイナツ"というものがないから、どこかの街からの情報を変に覚えたのだろう。
 (ちなみに、あとからフィルの教会で調べたところ、あの街では夏の大三角は見えないことがわかった。)

――てん、とかすかな音を響かせ、ガラスに触れた。
 星へ、もちろん永遠に届かないものであると知りながらも、つい手を伸ばしたくなる。
 年甲斐もない、柄じゃないと思いながらも、間近で光る星を見ればつい手を伸ばしたくなってしまう。
 きっと、あの眩しすぎる光の中に自分の求めるものが詰まっているのだと、錯覚してしまうからだろう。愚かしく、しかし崇高な錯覚だと、思う。
「ルーヴさん、今いいですか?」
 気づけばうさぎはガラスにへばりついておらず、ちょこんと長椅子に座っていた。
「いいけど、いいのか、走る列車だから、星は待ってはくれないけど。」
「いいんです。今は、ルーヴさんとお話したいから。」
 急に改まって言われると何か少し気恥ずかしくなるものだ。だから少しぶっきらぼうに尋ねた。
「何か用でもあるのか?」
「いや、用ってそんな大層なことじゃないんですけど……。
……ルーヴさんは、星を、どう思われますか?」
 なにやらおかしな質問だった。
「どうって?」
 聞き返すとうさぎもうまく伝えにくい事柄なのか、長い耳を垂らせ、もどかしそうにふれた。
「えっと、その……。僕らは星を眺めます。ならその星は、僕らになにを伝えたいのだと思いますか?」
 うさぎはまっすぐに、その澄んだ目を俺の目に向けて言った。
「何を、か……。」
 あまりにもまっすぐすぎるその目からそらし、答えを探すようにふらふらと窓の外に目を向けた。

――昔、似たようなことをフィルに聞いたことを思い出す。
 あの眩しかった星空ではないけれど、それと同じくらいに満天の星空の下、フィルに聞いたことがあった。
 星は、何で自分たちに向けて、光っているのだろう、と。
 不思議で仕方なかったのだ。もちろん、星が何万光年と離れた場所で、自分勝手に燃えているから光っているのだと言うことは知っている。けれど、自分たちに向けて光っているようにしか思えないくらいにまっすぐに、その光は俺を射し貫くのだ。
 そのことをフィルに伝えると、フィルは答えた。
「うーん、そうだね、星は何故光って、何故僕らはこうしてみているのかって、言われてみたら気になるなぁ。
 ……僕らの教えにはないけれど、もっと高い高い所にも教会があって、そこの教えにはこうある。
 『星が我らに伝えたのは、我らが同じ、星々の民であることだ』
 ここからは僕の解釈の話になるんだけど……。
よく言われることだけど、星も、僕らも、何かを無くしながら生きているじゃない。星の命も、僕たちの命も、きっと同じで、何万光年離れた先では光り輝いて見えるんだろう。僕らはどこかで、誰かにとっての星になっているんだよ。それが星の真相なんだ。
 ああ、でもこうも言われるね。僕らは内に星を秘めているって。
だけどその星は自分ではわからない。だから僕らは内にある星を、外に求めるんじゃないかな? 自分の内にある星と同じ星をこの満天の星空に求めて、星を眺めるんだ。
 ああ、そうか、むしろ眺めるじゃなくて、ティニみたいに求道者なのかもしれないな。あの膨大な星の中なら自分を見つけだすんだもの。見つかる希望と、見つからない絶望との間にあるから、星空は何かもの悲しい美しさをしているのかもしれない。
 あるいはすべてが自分と同じ星なのかもしれないね。すべての星が自分の分身ならば、日中僕らは何か足りないと感じながら生き、その何かを、星空の下だけで満たせるんだ。だからルーヴは星は自分に向けて光っていると思うんだろう。だって自分が求める星が、あの満天の星空すべてなんだから、すべてが自分と同じなんだから。
 星々の民っていうのは、僕らみんなが宇宙人ってことだけじゃなくて、星を持つもの、内に宇宙を秘めたものって意味もあると僕は思うんだ。
 その宇宙を僕らは確かめたくて、だけども広げたくて、こうして星を眺めるんじゃないのかな。」
 そのあとどう返事をしたかは覚えてないが、言った後のフィルの顔は覚えている。なぜかどこか哀愁に満ちた、悲しげな顔だったからだ。
 今、あの街より格段に近い場所で星を見ている。
 もしかすると、この星すべてが自分と同じなのだろうか。いや、すべてが違うのだろうか。むしろ同じ星はあるのだろうか――

 長々と考えていた間もじっと俺を見ていたうさぎに向き合い、言う。
「星が何を伝えたいのかは俺にはわからないけど、……星はきっと、俺たちを慈しんでいるんだと思うよ。俺らへ豊満で均等な愛を指し示して、あるべきむきへ導く。それが星々の想いだと思う。」
 ……愛だとか、慈しむだとかと言うのは、少し気恥ずかしかったか。
 まだまっすぐに見つめてくるうさぎの目から逃げたくて、窓の外にまた視線を逸らした。
「……慈しむ、ですか……。そうか、そうですね……。
 うん、納得しました。ありがとうございます、ルーヴさん。」
 照れながらもうさぎを見やると、この星空と同じように満天の笑顔をこちらに向けていた。その笑顔につられ、ほほえむ。

゛ご乗客のみなさまにお知らせします。もうすぐこの列車は終点駅に到着します。
忘れ物のなきよう、ご確認をおねがいしますー゛

「あぁ……、そろそろこの列車も終点に着きますね。
 短い間でしたが、有意義な時間、ありがとうございました。ボク、こんなに楽しかった列車の旅は初めてです!」
 ぴょこぴょこと耳を上下させ、ありあまるうれしさを表現していた。
「うん、こちらこそありがとう。そういえば、キミは今からどこへ行く?」
「ボクですか? うーん、決まってないです。きっと星のみぞ知る、じゃないでしょうか。」
 その言葉に二人で笑いあった。


 あまりにも広大な宇宙を列車は駆けてゆく。
 もしかして、自分と同じ星へ列車は導いてくれるのだろうか。同じ星の在処を列車は知っているのだろうか。
 ……いや、導いてはくれないだろう。列車はただ決められたレールを走るだけなのだから。
 だから自分の足でゆくのだ。星々が導くその路の先へ、星々の想いを内に秘めながら――


おわり。


はずかしいい!!!!! という感じです……あは!
好きな話しにしてみました。星っていいですよね!

書いた日 08・0621
あげた日 08・0729






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