物書きとカフェオレ |
書き物机に姿勢悪く座り、しかしよどみなく、彼は左手で文字を書き連ねていく。 私はソファに身を埋め、カフェオレをすすりながらそれを観察する。 「ねぇ、そんなに文字を書き連ねていくことは、楽しいことなの?」 毎度思う疑問を背中にぶつけると、0.5のシャーペンを左手から離し机において、彼はゆったりと答える。 「そうだね、僕は楽しいことだとは思う。文字を書き連ねていくことはそう大したことじゃない。 えばることでもない。でもそれは誇れることだし、尊敬を集めることでもあるね。 その二面性に僕は引かれるのかもしれない。」 「引かれる? 焦がれるじゃないの? あなたの文字への異様な執着は、文字に恋い焦がれてるようにしか思えないけど。」 彼は椅子に座り直す。私と向き合う格好になる。 「そうかな。僕はさほど気にしてはいないけど、そううつるものなのかな?」 「えぇ、つまらない日記を書くだけの私にとっちゃあ、そうとしか思えないかな。 だいたい、文字はもう書くじゃなくて、打つものじゃない。なのにあなたは"書いて"いるでしょう。 文字が好きで好きでたまらなくてもう文字しかいらないわーって姿にしかうつらないわ。」 「それはいささか言い過ぎじゃないのかなぁ。」 「うん、結構誇張した。」 彼はほほえむ。 「誇張は最低限にお願いするよ。なにが正しくて、なにが悪いのか、掴みとれなくなるから。」 彼は立ち上がり、キッチンへ向かい、私と同じカフェオレを入れ、私に並んでソファに身を埋めた。 一口すすると小さく眉をひそめ、 「わっ、甘かったな。」 「ごめん、砂糖甘いのに変えたこといってなかった。いつもより三分の二ですむの。」 「そうかぁ、失敗だったなぁ。」 本当に残念そうにカフェオレをすすった。 しばらく二人とものんびりとカフェオレをすする。 「文字を書くということは、ありきたりな表現だけれど、絵を描くことや、音楽を奏でることと同じだと思うな。 僕はこの両方の実力が決定的にかけているから深く正しいことだとはいえないけれどね。 なにもないところからなにかを生み出すことは楽しいことだ。 そこでは僕が絶対的な存在であり、神と呼ばれることもある。 僕の気まぐれ一つで、それは苦労したり、歓喜したり、悲嘆したりする。 だからこそ僕は思案する。この一語を、次の一語を、次の行を次のページを、まぁ平たくいえば次の展開を。 どうすればおもしろくなるのかな? どうすればぽんぽんとすすのかな? どうすれば君が興味を持ってくれるかな? 自分の中にあるものを具現化して、自分の一生以上の時間を創る作業なんて、 他にはないと思うし、それはなかなか快感でもあるんだよ。」 「まぁ、それは楽しいことだとは私だってわかるわよ。だけどさ……。」 「だけど?」 めがねをかけた彼の顔は、すっとしていはするが、昨今の"かっこいい"男性ではないと思う。古風な顔立ちである。 まぁ、今時手書きの物書きなんていう職業には沿っている気はする顔立ちではある。 彼の周りはどこかゆったりと時間が流れているように思える。 それにいつもぽかぽか陽気の春みたいな。そんな雰囲気が私は好きだ。 「だけど、それに私といる時間を捧げなくてもいいんじゃない?」 彼は少々面食らったみたいだった。 「そうか、それで突っかかってきたり、文字に焼き餅焼いてるんだね?」 的中しすぎで、ぐぅの音もでない。 「ごめんよ、なら今日は今から外へでようか。」 「……でてもどうせ本屋か古書店でしょう?」 めがね越しに少し困った彼の表情をみる。 「そんなにすねないでよ。僕にとっては君も、文字も、比べることのできないかけがえのないものであり、失えないものなんだから。」 はぁーっ、と私はため息をつく。 「こんな男についた私がだめだったわ。しかたないことよ。」 彼はにっこりとほほえみ、私からマグカップを受け取り、キッチンへ向かう。 マグカップをさっとすすぐと、ソファ越しに私に話しかけた。 「ねぇ、今日はいいお天気だから、高台に行こうよ。そこで空を見るんだ。きっと、文字よりも美しい世界が広がっているよ。」 「文字よりもってことは、私よりも?」 振り向いてみた彼の顔は、少し赤くなっていた。 「さぁ、それは、これからの展開の行く末次第じゃないかな……。」 そういうと、私たちはそっと、キスをするのだった。 おわり。 |
すいません趣味でした……(笑) 08・0402 |