荒野の戦い |
後にユーアリアの勝利を決めることになる、歴史的大戦である。 ○ その乙女 遥かな荒野に降り立たん 煌めく翼を背に纏い 一迅の旋風の如き剣技冴え なびく銀の髪は儚き夢の如し 乙女 戦場にて美しく舞い 敵陣畏れおののき 陣用瓦解す 乙女 天空神リアの加護ぞあり 乙女降り立つところ 栄光おとずれるだろう ○ ふわりと、私は大荒野を臨む崖に降り立った。 ここまで飛んで来るのに使った、背中に浮かぶ煌めく翼は空中に霧散し、翼を構成していた光の粒が砕け、私の周りにキラキラと舞い落ちた。光の粒は砂塵と混じり、すぐさま消えうせた。 この荒野では常に乾いた強い風が吹き荒ぶ。纏めていない銀の長い髪が、風に無造作にもてあそばれていく。 眼下に広がる大荒野を見据えたが、濛々と舞いあがる砂塵であまりよく見えなかった。 ――ヒュオオオオオオ―― ひときわ強い風が吹く。砂塵が吹き飛び、曇っていた崖下の様子がはっきり見えた。 大荒野には、情報の通り敵軍が陣計を広げていた。兵数はざっと見積もって三千ほどであろうか。しかし、この布陣ならば別段警戒するようなものではないだろう。――悲しいかなこれではかなうまい、ユーアリア連合が誇る、百戦錬磨の戦乙女には。 ――戦乙女。そう私は呼ばれていた。 私はこれまでに数多の戦場で剣を振るい、その全ての戦場で勝利を手にしてきた。その名声は天地に轟き、戦場に現れるだけで敵軍は畏れ慄き、すごすごと退陣するほどであった。 しかし、どんな戦であっても、王の命により、私は軍を率いず、たった一人で剣をふるった。戦闘に勝利すること。それは私にとっては命令を忠実にこなしているだけにすぎないのだ。個対多数。個対軍。何が迫ってこようとも、私が戦えば、私は絶対的な勝利者となった。 その戦功を耳にした吟遊詩人の手によって、この白銀の北の大地を駆ける、伝説に名高き、翼を持つ孤高の戦乙女と重ねられ、次第に私は戦乙女と呼ばれるようになったのである。 ユーアリアと大国との戦が始まり、もう何年にもなろうとしていた。両国はこの北の大地の覇権を争い、連戦につぐ連戦を繰り広げていた。両軍は一進一退を繰り広げているが、ユーアリアは長い間に積もり積もった劣勢を覆せないでいた。 ユーアリアは私を投入することにより、今は戦況を有利に進めているようではあるが、強力な大国を目の前にすると、なかなか拮抗した状態を崩せないでいた。 そのさなかに、ユーアリアと大国との領地がせめぎ合うこのカサレル荒野で、なにやら敵軍が陣を広げているという。間違いなく何らかの策に違いないと判断した王は、この荒野に私を派遣したのだ。 ユーアリアの首都から山脈をいくつも越えた先の高地に広がるこのカサレル大荒野は、常に乾いた強い風が吹きすさび、見渡す限り固い岩肌がのぞく、文字通りの荒涼の地である。 視界の端には森と思わしき緑も見いだせるが、実際は存在しておらず、強い魔力の歪みが生み出す、蜃気楼でしかないのであった。この荒野は日中はこの北の大地では珍しいほどの熱波が襲い、夜になると昼間の熱気とは正反対に氷点下まで下がってしまう。この強烈な寒暖差に加え、水もなく、植物も育たないとあっては、旅人はおろか、動物でさえ寄り付かないのである。 そのため、この地は長きに渡る歴史の中で、幾度となく大規模な戦いが繰り広げられてきた。最悪の戦場だが、民衆を傷つけることは決してない。この荒野を越えれば、緑豊かな湖沼地帯が広がり、そこは南の大国の本陣への足がかりとなるのである。 王は私に、単身敵陣へと切り込み、圧倒的な勝利をもって敵の牙城を打ち崩し、ユーアリア軍本隊の攻め入る隙を作るよう命じられた。長年に亘るこの争いを、ついに終結に導くことを決意されたのだ。 眼下に展開されてゆく敵陣を見据えながら、私は静かに闘志を高めていく。 ――ふと、風音が乱れた気がして、遠くユーアリアの方角へ目を向けると、急速に空から何かが迫ってきていた。 (新手の敵か? 偵察兵……だが向こうには竜はいないはずだ。それに、味方の増援はこないだろう?) 光煌めく大剣を右手に生み出し、構えた。腰を落とし、臨戦態勢をとる。 視認されたのは、青竜に騎乗しこちらへ飛んでくる、自国ユーアリアの竜騎士のようであった。 彼らはこちらにへるみるうちにやってくると、そのまま剣を構える私の間合いに近いところへ着陸した。不審ならば即刻切れ、ということだろう。 青竜から降りると、竜騎士はビッと敬礼し、 「我が名はユーアリア竜騎士団第7部隊所属、フレッド・アウエルであります。我が身我が命、あなた様へ捧げるため、この場へ馳せ参じました。」 カッと長い槍を儀礼通りに複雑に打ち鳴らし、構えた。完璧なその所作からは、偽装した敵とは見えなかった。 私はひとまず警戒をとき、その証に光煌めく剣を宙に霧散させた。 「お前がユーアリア竜騎士団員だと言うことは認めよう。 だが、ならばなぜここへきた? お前たちには宮城を守る責務があるはずだろう。」 「それは……。」 竜騎士は顔を曇らせると、 「私たちはあなた様が全ての戦場を御身ただ一人で戦っていると伺い、騎士の誓いを破り、独断で宮城の警備から離れ、ここへ参りました。」 「お前、固い騎士の誓いを破り、それでもお前は竜騎士だと名乗るのか!」 騎士の誓いは竜騎士にとって命の次に大切な、絶対に破ってはならないものであると聞いている。そして、そこには私とともに戦ってはならぬということも含まれていた。もしも誓いを破ったならば、それは死に等しく、竜騎士とは名乗れなくなるのだということは広く知られていることであった。 嘲る言葉に屈せず、竜騎士は澄んだ目をむけ、 「これまで我らは、あなた様が一人で戦い続けておられることに、ずっと疑念を抱いておりました。 本来ならば我ら竜騎士は、あなた様とともに戦場に立ち、国民の安寧のため戦うべきであります。それなのに全てをあなた様に任せ、宮城の警備で身を錆び付かせていくことは、耐え難き屈辱でありました。 この戦闘の重要さは私も重々承知しております。宮城の警備も重要さも、頭の中では理解しておりますつもりです。けれども、私にはどうしても、あなた様と戦ってはいけないということだけは理解できなかったのです。 騎士であるということは、民衆を守り、ユーアリアに平和をもたらす存在であるべきであります。それなのに、今の竜騎士団は、あなた様に戦闘の全てを任せ、私達は城でのうのうと暮らしている。これのどこに騎士道の精神があるのでしょうか! もしも、あなた様とともに戦えるのならば、私は地位も、名誉も、竜騎士であることすらいりません。それらは全て投げ打つ覚悟でこの場にいるのです。私は己の信念に懸けて、この場にいるのです。 お力になるには力及ばずとは存じますが、どうか私たちをお使いください。」 竜騎士はまっすぐ私を見つめ続ける。自らが騎士の鏡なのだと、自らの信念に少しも揺らぎがないのだということをただただ体現するように。 「はっ、見上げた根性だな。」 「あなた様に関することならば、いつもそう言われております。」 竜騎士はしてやったりといった顔で笑う。 私は視線を後ろに控える竜にそらした。青竜はただ静かに私たちを見ていた。 北方の小国ユーアリアが、長期にわたって大国と張り合ってこられたのも、この竜騎士団による力が大きい。 北に未開の樹海が広がり、肥沃な地が少ないユーアリアは、森の奥深くに住む希少な竜を鍛え上げ、竜騎士を編成し竜騎士団にしたてあげたのである。竜がその強力な火力で敵陣を崩し、騎乗する竜騎士は槍を巧みに操り勝利してきた。敵対する南の地域の大国には竜はおらず、彼らは戦場で絶対的な空の王者として多大な活躍をおさめてきたのである。 しかし、その竜たちも長年の戦役で数を減らしていた。増やそうとも、樹海奥深く住まう竜は、元々の生息数自体が少なく、よしんば竜を連れてきたとしても、1年や2年では竜騎士と戦場で戦えるようにはならないのである。よって竜騎士たちは戦地に姿を現すことが少なくなり、今では私一人が戦場で戦い、彼らは内にこもって宮城の警備をしているのであった。 「その竜はお前のものか?」 「はい。我が家系は青竜とともに代々竜騎士をしております。確かこいつで3代目だったかと。この戦役をずっと、こいつと戦っています。」 「そうか……。」 誇らしげに傷だらけの胸のあたりを叩かれた青竜の澄んだ瞳からは、この騎士を信頼していることが見て取れた。 (お前はこいつに命を捧げて戦うのか? そうできる人間なのか?) じっと目を見つめて訊くが、竜はもちろんなにも言わず、ただじっと見つめ返してきただけであった。 竜というのはそうやすやすと人に気を許すものではない。それだけこの竜騎士を信頼し、そして私をも信頼しているのだろう。 (……そうか。) 「……まぁいい、今から戻ったとしても何の役にもたたんだろう。下手に標的にされても困る。 竜とともに待機しておけ。いつでも動き出せるようにしておくがいい。」 竜騎士の顔がぱっと明るくなり、 「はい! 足手まといにならぬよう、全力を尽くします!」 高揚した顔でまた敬礼すると、竜騎士は青竜に騎乗し、待機した。 崖下の布陣が完全な形へと移り変わっていく。それを下目に見ながら、より強く闘志を高めていく。 ――ヒュオオオオオオオオオッ―― 一際強い風が吹いた。 「いくぞ。」 囁きが戦闘の合図であった。 駆け出しながら乱雑に大剣を生み出すとそのまま崖下へ飛び込む! 「ああああああ!!!」 大剣を垂直に降りかぶり―― ――ズガァアアン!! そのまままっすぐ地面に突き刺すと大地に巨大な衝撃波を刻む! 間髪入れず剣を抜き立ち上がり、 「我こそはユーアリアの戦乙女! 汝、武功を欲すならば、我を倒すのみ!」 戦場に響き渡る、朗々とした声で名乗りをあげた。 光の粒と粉塵とが私を照らしだす。その先の雑兵を私はまっすぐに見据えた。 突然の襲撃にたじろいだ雑兵どもは、私の名乗りを聞くが否や、武功を欲さんと唸り声をあげ、隊列を組むことをやめ、人の端に現れた私の方へ、愚直にも突撃してきた。 私は駆けだすと、その集団へ真正面から突っ込んでいき、向かいゆく敵に大剣をふるい、その全てを無造作に切り刻みながら風のように戦場を駆けてゆく。突き出された槍を叩き切りすかさず致命傷を与え、血を拭く暇もなく新たな敵を刻む! 現れる敵の全てを斬り払っても、雑兵どもは無尽蔵のように現れ、策などなくただ乱雑に命を捨てているようにしか思えなかった。 竜騎士は私と離れた場所で戦っていた。天駆ける竜は咆哮し、その身の内に燻ぶる灼熱の炎を吐き出し、空の覇者と化していた。竜騎士自身は巧みな槍術で、滑空した際に雑兵や弓兵をなぎ倒していた。 ただただ突撃するだけでは犬死だと気づいた雑兵どもは、しだいに隊列を組み、決められた策どおりに襲いかかってきた。しかし、それは敵が地上にいるときだけを考えた愚策であった。すかさず竜騎士は私の援護に回り、空から策を打ち崩し、その隙を狙って私がたたみかけていく。空と陸からの攻撃に、雑兵どもは成す術がなかった。 累々と連なる屍を踏みしめ、身の回りを開けるように大きく敵をなぎ払うと、 「お前等など虫けら以下の戦力しかなさぬ! 我こそはというものは名乗り出てこい!」 と宣言した。 私の名乗りを聞いた雑兵どもは、予想に反して、いや、ある意味予想通りに愚直に私に向かってくるのをやめ、一定の距離を取ると円を描くように並んだ。 各々、槍や剣を突き出し、けれども誰一人突撃するでもなく、ギラギラとした目で私を見据えていた。 あたりは不気味なまでにしんと静まりかえっていた。 「天下の帝国の兵ともあろうというのに、腰抜けどもしかいないのだな。よかろう。ならば全てをなぎ倒してやる!」 大剣を構え直したそのとき、いかにも重そうな鎧で固めた大男が円陣の中へ入ってきた。雑兵どもが歓喜の声でどよめく。 「我こそはバレッタ・ターナー。第34小隊隊長である。貴様の首、もらいうけた!」 男は身の丈ほどもある巨大な戦斧を構えた。 「少しは骨のある奴がいるものだな。おい、おまえこそ首は洗ってきたか?」 立てた指で首を切るしぐさをする。 私の挑発に大男は顔を真っ赤にして突撃してきた。戦斧を大きく振り上げ切りかかる! ドゴッ! 大地が抉られ砕かれた岩石が舞う! 「よけたかぁあ!」 私は跳躍し、難なくかわす。すぐさま降り立つと大男が体制を整える前に間合いを積め、戦斧の柄に斬りつけた。シュパッといとも簡単に柄は真二つに切れ、息つくひまもなく右肩へ切りかかる! 「ガアァァア!」 ぷしゃあと鮮血が飛び出し、いとも簡単にガランと戦斧の柄を取り落とした。奴はひざを突き呻いている。 「……所詮、そんなものか。」 私は切っ先をまっすぐ大男に向けた。 「命が惜しければ退け。」 大男は憎々しげな視線を私へまっすぐ向けたまま、雑兵どもの輪の中へ引き込まれていった。 あたりはより一層静まり返り、吹きすさぶ風の音と、竜の羽ばたく音とが支配していた。竜騎士は私の頭上近くで待機しているようだ。 「他に私を倒して武功をあげようという奴はいないのか? 言っておくが、この戦場にいるのは私とあの竜騎士しかいないぞ。まぁ一番の首は私だがな。」 たてた指で首を示すと、同意を示すように竜が咆哮をあげた。地響きのするようなその声に、さっと雑兵どもの作る円陣が広まる。 「腰抜けどもしかいないのだな? ならば……切る!」 「待ちなよ。」 「――!?」 剣を構えなおし切りかかろうとしたまさにそのとき、突如剣が首の横から突き出された。首元へ刃があてられ、血がにじみ出ていく。 「はじめまして、メガミサマ。僕の兵たちが無惨にもやられているみたいだね。」 (こんな奴、今までいたか!?) さっと背筋が凍りついた。雑兵どもを挑発しながらも、背後まで油断なく警戒していた。もちろん、私だけではなく、頭上の竜騎士もずっと警戒し続けていただろう。それなのになんたる失態か! 「貴様は……。」 「ターナーくんには期待していたんだけど、あの傷じゃあもう無理かなぁ。残念だ。 僕は……君たち(ユーアリア)風に言うと、鮮血の貴公子となるのかな? あぁなんて虫酸が走るような名前だ。そう思わないかい? 君たちのネーミングセンスのなさには、ほとほとあきれちゃうな。」 奴はこの場に似合わない、軽薄な言葉を吐き続ける。 「ユーアリアにも君のような戦力があるから侮れないんだ。けど、わかりやすい位大味の戦闘をするんだね。こんな隙さえできちゃうくらいに。」 じりじりと動こうとするが、奴の剣はぴったりと私を追撃していた。 「無駄だよ。キミにボクは殺せない。 ――さあ、戦を終わらせようか。」 剣が振りかざされようとした瞬間、私は身をよじり、剣は空を切った。すぐさま前方へと飛んだ私へ、あっけにとられていた雑兵どもは我に返り槍を突き出すが、その頭を踏み場にして軽やかに跳躍すると、現れた敵と向かい合うように降りたち、すかさず剣を構えた。 「戦乙女どの!」 「邪魔をするな!」 頭上の竜騎士が降りてこようとするのを怒号で返す。首筋からは幾筋もの血が滴り落ちてゆく。 「……おまえは一体。」 「お見事。敵じゃなかったら拍手ものだね。さすがはメガミサマ。」 「うるさい……!」 ギラギラとした殺気を押し隠そうともしない私を前に、飄々とした態度を崩さず、奴は言う。 「流石はユーアリアの誇る戦闘人形だ。ただの人とは違うものだね。どんなものなのか一度この目で見ておかないと、と思って、ここに見せかけの陣を張ったのだけど、正解だったねぇ。」 「……。」 「兵たちもよくやってくれたよ。キミもさ、ここまでくるとただの大量殺戮だよね。兵たちもさ、よくもまあ、あぁも簡単に命を投げ出せるもんだ。命令とはいえ、僕にはできない芸当さ。命なんて大事に大事に抱え込むものだと思わないかい? ――おい、そうなんだろう? 貴様はユーアリアにいいように使われている、人ならざるものなんだろう? ユーアリアの化け物め。」 「黙れ!」 私の構える剣は、怒りにまかせてみるみるうちに輝きを増し、剣を形作らなかった光の粒が空中に霧散してゆく。 まばゆい光でかすんだ視界の先で奴は高らかに嘲笑した。 「はっはっは! その剣はなにでできているのかい? キミの怒りにまかせて光り輝くし、血一つついてやいないし、刃こぼれ一つしてやいないんだろう? まるでおとぎ話の魔法の宝剣のようじゃないか。気味が悪い! ――おい、お前は何者だ? 消え去れ、化け物。」 さっきまでの飄々とした態度は消え去り、ドスの聞いた低い声で言う奴からは、強烈な殺気が放たれていた。 「い、戦乙女……どの……!」 頭上の竜騎士の狼狽した声が微かに聞こえた。しかし、今の私には竜騎士なんかに構っている余裕はなかった。 「私は、ユーアリアが誇る戦乙女だ。私は、それ以上でも、それ以下でもない!」 「はん、それが答えってことかい? 答えにすらなってないよ。ユーアリアの戦闘人形には何も通じやしない。所詮人の情なんてものを持ち合わせていない、戦闘人形の思考だね。 ご託はうんざりだ。死にさらせ。」 奴は片手剣を構えると、疾風のように私へ突撃してきた。上段から下段から、ガキンガキンと何合も打ち合う。奴は抜け目なく私の急所ばかり狙ってきて、私は防戦一方になるしかなかった。 ますます剣の光度は増し、打ち合う度に光の粒が霧散してゆく。 「……ふうん。それは金属やそうした物質じゃないんだね。さながら魔法使いのようだ。」 間合いを取りあうと、余裕綽々に奴がつぶやいた。 「だからユーアリアは嫌いなんだ。魔法なんて消え去ればいい。」 「知るか!」 吐き捨てるように口にすると、そのまま私はつっこんで攻め込んでいく。右から左から、攻勢をかけてゆくが、全てかわされ、いなされ、隙あれば鋭く一撃を仕掛けてくる。 「誉れ高き戦女神も――」大きく私の剣を払うと「――弱い!」 体勢を崩したわき腹に切り込まれた! 「――くっ……!」 すかさず斬り返す! 「うわっ!」 あわてて奴は間合いをとった。 わき腹から血があふれ出していくことを感じながら、片手で剣を構えなおす。 「……ふうん。弱いね、キミ。これまでどうやって勝ってきたんだい? あぁそうか、一対一では弱いのに、大多数との戦いになると強いのかな? ただ敵を殺し尽くせばいいだけだものね。」 「うるさい……!」 わき腹を押さえる手は血で真っ赤に染まっていく。 今度は奴から攻勢をかけてきた。今までよりさらに重くたたみかけてくる攻撃に、私は防戦一方になるしかなかった。 一撃受ける度に血が吹き出してゆく。剣の光度は弱まり、少しずつ小さくなってゆく。 ――カキ――ン! 剣が大きく払われてしまう! 「終わりだ。」 ――バシュッ! 真上からのけさ切り! 思わず飛び退いたが、額を切られ、視界が血で滲んでゆく。 膝をつくのだけは辛うじてこらえ、ぜえぜえと肩で息をしてしまう。 いつもはとても軽いはずの大剣が比重を増してのしかかってくる。心強いはずの剣が私の手から消え去っていく。どんどん血が抜け、頭が茫然としていく―― かすれた声で呟く。 「私は、私であるんだ。私は、勝つために私になったんだ。私は――」 (――そうよ。) 朦朧としていく意識の中で、突然はっきりと、誰かの声が響いた。 (――私は戦うために゛あなた゛になることを望んだの。負けることは許さないわ。) ――わぁん、と声が体を満たしていく―― おまえは誰だ、と声にならない思いが巡る。しかし、声は安らかに、安らかすぎるくらいに私を満たしていく。 (――あなたの力を解放なさい。戦場を蹂躙なさい。) ――私の核となる部分が無造作に揺さぶられる―― (――戦乙女よ、私を蹂躙しなさい。) ――パァーンと、私の中で、なにかがはじけた音がした。 ――ガギッ! 取り落としかけた剣を大地に突き刺すと、地面を力強く踏みしめた。 「!」 「――私は、」 血で染まった視界が晴れてゆくのがわかる。四肢の隅々まで力がみなぎっていくのがわかる。 「私は、全てに、打ち勝つ。」 視界が光の粒でいっぱいになる。光の粒が体全体を包み込んでゆく。 すっと意識が冴えてゆく。 「お前なんかに、負けるわけがない。」 世界の全てが私に味方している感覚。 世界の全てが私のためにあるという感覚。 世界の全てを私が知覚しているという感覚。 世界の全てが私を拒絶しているという感覚。 「竜騎士よ、この場から立ち去れ。もうおまえは必要ない。」 囁くように呟く。強風に打ち消されただろうその言葉はしかし、その言葉を発するが否や、竜はその身を翻すと、瞬く間に飛び去っていった。騎乗する竜騎士がなにやら吼えていたが、異様な空気を感じ取った竜は無理矢理押し通したようだ。 ――ヒュウゥゥウゥゥゥゥウゥ―― 強い風が吹き荒ぶ。 「……ユーアリアの悪魔め。」 眼前の敵だけをまっすぐに見据え、剣を突き出す。 「この戦いを、終わらす。」 カチャリと、剣を構えると、一陣の風のように駆け出した。 ○ 切り刻まれ敗者となった奴の背中は大地につき、私は奴を睥睨していた。 「お前、ボクが倒れても大国は崩れない。わかっているだろう?」 「――知るか。私は、ただ与えられた責務を全うするだけだ。」 切っ先を心臓へ当てる。 「ふん。やるがいい。これだからユーアリアは――」 ――ザシュッ! ゆっくりと剣を引き抜いた。 血が噴き出し飛び散るが、それさえも光の粒は消し去ってしまう。 そして、雑兵どもを睥睨する。 「――うっ、うわあああああ!!!!!!」 たちまち雑兵どもの硬直状態はとけ、我先にと駆けだし私から逃れようとする。 (――それでいいわ。) 光の粒を背中に集め、翼の形にすると、大地から飛び立った。 (――あなたは全てにおいて勝利しないといけないの。) そして、手当たり次第に切り刻んでゆく。 ただただ冷徹に、迫り来る敵を倒し、追撃してゆく。 (――あなたは絶対的な世界の勝利者なんだから。) 頭が真っ白になっていく。何かをしたいという意志がなくなっていく。 剣を動かすためだけの人形。剣で何かを斬るための人形。人を殺すためだけの人形。 余計な動作なんてしない。何をどうすれば死んでくれるのかがわかる。まとわりついてくる虫が簡単に殺せるように。あたかも羽虫を払うが如く、簡単に効率よく人を殺せた。 今や戦場の全てのことが見渡せた。全てのことが私が無慈悲な人形だと言っていた。 さぁ、私を語ればいい。人形だと罵ればいい。――人形風情に殺されて、語る口などないけれど。 私は戦乙女だ。孤高にして最強の。ユーアリアの戦乙女だ。 私はただそれだけでしかなかった。 それだけだった。 ○ そして、戦場は私以外に立つ者がいなくなった。 戦に勝利した。 ○ 全てが終わった後の荒野には、夥しいほどの屍が連なっていた。 光の粒は全て空中に霧散し、私はぼんやりとこの情景を見ていた。 ユーアリアの一方的な勝利。しかし、勝ったというのに何かしこりが残っていた。しかし、力を出し切った後遺症として、全てが曖昧にしか認識できなかった。 竜騎士たちは全てが終わった後に戦場に舞い戻ってきていた。 竜騎士が私を見たときのあの驚愕の表情を、私は初めて知った――化け物が全てを食らいつくしたのだと、その顔は明確に物語っていた。 彼らは私の後ろに控え、一様に黙り込んでいた。 「……一つ、お尋ねしても、よろしいでしょうか。」 「なんだ?」 竜騎士は絞り出すような声で聞いてきた。 「あなた様は、……。」 言いかけたことを中断する。 その後も何度も言い出そうとするのだが、そのたびに躊躇っている。 「どうした? 聞かないのか?」 竜騎士の方を振り返ることはしない。その顔を見たくなかった。 やがて、意を決したように竜騎士は口にした。 「私は、あなた様のことを、神が遣わしたもうた戦女神だと伺っておりました。私は――私達は、そのことに誇りを感じておりました。」 竜騎士は間をおいた。つらそうな間だった。 「私は――いや、」 ここで首を振ったようだった。意を決したように聞かれた。 「戦乙女どの。お聞きいたします。 あなた様は、あなた様は……、神の御遣いではあられないのですか……?」 本当に、つらそうな声だった。きっと竜騎士はすがるような顔をしているだろう。そんな声だった。 辺りには風が吹き荒ぶ音しかしなかった。 「お前は……いや。」 頭を振った。 「――私は、神の名を語る愚者なのかもしれないな。」 光り輝く翼を生み出すと、大地を飛び立った。 ――ガオォオン! 竜が咆哮した。 悲しい、悲しい声だった。 ○ 今から100年も昔のことである。 厳しい寒さの続く、この北の大地はまだ平定されていなかった。この北の大地には、北の樹海沿いに陣容を構えるユーアリアと、南に連なる大山脈沿いに陣容を広げる軍事大国である大国とがあり、二国が覇権を奪いあっていた。 両国は長らく細々とした争いが勃発していたが、北の大地の覇権は両者譲らず、互いに均衡したまま何十年かが過ぎ去っていた。 しかし、今から90年前、北の大地に大寒波が襲った。両国ともにもともと食物の育ちは悪く、より一層人々は餓え、両国は互いに大打撃をこうむった。 両国政府はついに決断したのである。覇権を奪い、広大な土地を手に入れようと。 そして春。大国に宣戦布告されたユーアリアは、その圧倒的な戦力の差により負け戦を喫し続け、軍勢は押され続けていた。大国は大山脈を越えた先の国、リザルテに支援され、支援するもののないユーアリアと大国の戦力差は縮まるどころかどんどん広がっていった。 ユーアリアは季節が過ぎるごとに、要となる地点を次々と征服されていった。敗戦の色が濃くなったそのとき、ユーアリアに女神が舞い降りた。 それが戦乙女だ。 戦乙女を投入したとたん、ユーアリア軍は次々と争いに勝利していく。奪われた地点を奪い返し、新たに要となる地点を征服した。そう、彼女がひとたび戦場を駆ければ、一切負けることはなかったのである。 戦乙女はユーアリア軍の柱となった。しかし、彼女の実態を知るものはいなかった。なぜなら、彼女はいつも軍勢を率いず――ユーアリアご自慢の竜騎士でさえ率いず――たった一人で戦闘に勝利していったからである。 それゆえに彼女は民衆に崇められていった。敗戦の色一色だったユーアリアに、希望の光を照らし出したのである。彼女の戦功を聞くたび、民衆は歓喜し、よりいっそう彼女は崇められていった――曰く、ユーアリアに神が遣わしたもうた戦女神。誰彼問わず、そう信じられたのである。 それでは、彼女は一体何者なのだろか? ユーアリアの北の奥地に、誰一人入ろうとしない、広大な樹海があった。この先、人は誰も住んでおらず、竜と自然とが世界を支配しているのだ――人々の間ではそう言い伝えられていた。それゆえに人々は畏怖し、それゆえに崇めもしていた。 その深奥に、人が住んでいると知っているのは、いったいどれだけいるのだろうか。――正確には、人型の種族が、だが。 ゛妖精コビト゛と呼ばれるその種族は、人間が決して立ち入ることのない樹海奥深くに住まい、彼らは自然と共生し、時としてその身に宿る膨大な魔力を使い、暮らしていた。 彼らは同じ樹海に住まう竜とは交流したが、人間とは一切の交流を絶っていた。彼らはその身を外界に晒すことを最も畏れていたのだ。 彼らは独立したコミュニティを作り、きっちりと分けられた身分制に則って暮らしていた。それに反論する者はおらず、身分の差はあれど総じて生活の質は高く、木々の創る表情や、小川のせせらぎを楽しんで暮らしていた。 小柄な身に膨大な魔力を湛える妖精コビトは、身のうちに入りきらない魔力を髪にため込んでいた。魔力がたまるほどに髪は銀に輝き、みな競うように丹念に手入れしていた。髪からのぞく耳は、魔力を持つ種族の特徴として、先がツンと尖っていた。 彼らのそれらの特徴は、そのままユーアリアの人々の伝承に出てくることになる――満月の夜に踊ると、銀の髪を持つ耳の長い妖精にさらわれてしまうよ――。 妖精コビトは一切ユーアリアの政には干渉してこなかった。しかし、ユーアリアの王が代替わりする度に、報せずとも彼らは不思議と使節を送ってきた。使節は一様に同じ事を述べた――妖精コビトのことはくれぐれも広めないように、と。 彼らは外界から隔絶されたユーアリアの深奥で、ひっそりと暮らし続けていたのである。 妖精コビトが住まう樹海に、竜もまた暮らしていた。 竜たちは妖精コビトよりも数が少なく、しかしその巨大な体と存在感をもって、ユーアリアの政に大きく関わっていた。 竜は総じて知能――と人間の基準でいうのなら――が高く、その全ておいて人間を遥に凌駕していると言われていた。それどころか、この世の理全てを竜は知り、この世の全ての種族より長命と言われていた。 この北の大地で、最も強力な魔法を行使するものが竜だ。竜とは魔法であり、魔法とは竜である。それだけ竜と魔法には密接な関わりがあった。 竜の使う魔法は、人間のそれとは異なり、自然に循環する膨大な魔力を扱い、行使する。人間は地表から魔力を得ていると例えるならば、竜は地中奥深くから、世界の全てから魔力を得るのだ。もしも人間がその力を使ってしまうと、その身は破滅してしまうだろう。それだけ竜と人間の差があった。 竜たちは、人間とむやみに関わらぬように、樹海奥深くにこもり、妖精コビトたちとともに暮らしていた。彼らもまた、妖精コビトと同じように、人間たちとは関わろうとしなかった。 竜の中には人間に興味を持つものもおり、その竜たちは積極的に人間と関わり、竜騎士が騎乗する竜としてユーアリアに飼われていた。その竜たちは人間を好み、竜騎士たちもまた、竜を好んだ。友好的な竜の数は少なかったが、ユーアリアに降りた竜たちは、いたって人間と友好的な関係を結んでいた。 魔力を扱う者は、この北の大地には他に魔法使いたちもいた。 彼らは人間ではありながらも、俗世間との交流をたち、未知なる力――魔法に身を捧げることを決意した人々であった。 各国政府は彼らの自主性を尊重していた――国の規範に逆らわないならば、たとえ召還命令に背いたとしても罰しはしなかった。彼らが反旗を翻し、国が転覆させられるのを最も恐れていたからだ。 戦況が芳しくないユーアリアは、まず最初にこの魔法使いたちを使おうとしたのだが、彼らが戦場に参加することはなかった。誰一人召喚に応じなかったのだ。 何とかして戦況を変えたいユーアリア軍は、藁にもすがる思いで、これまでひた隠しにしていた妖精コビトを頼った。強大な魔力を持つ彼らに参戦してもらおうと考えたのである。曰く、同じ国に住むものだ、もしも国が潰れてしまったら、あなたたちの自然は、無惨にも破壊されてしまうだろう――と。 妖精コビトはこれに全面的な賛同こそはしなかったが――彼らは同じ地域に住んでいるだけと主張した――、この大地を守るために戦力を貸し出すといい、妖精コビトの存在を広めないという約束で、美しい少女が一人、ユーアリアに送られてきた。持っていた証書によれば、彼女は異端者であるからして、返還は不要とのことだった。 まだ幼さの残る少女は、集落を守る役についていたようで、戦闘能力は申し分なかった。豊潤な魔力を持っているだけではなく、巧みな剣捌きを披露し、熟練の竜騎士が3人がかりで挑んでも適わなかったくらいに、少女は強かったのである。証書曰く、彼女は戦闘に特化した、戦闘人形である―― 少女は他の魔法使いにはない、珍しい魔法を使うことができた。彼女は光を固形化することができたのだ。 光は無尽蔵に世界に満ち溢れている。少女は強大な魔力で光をかき集め、身の程もある大剣を生み出すこともあれば、翼を生み出し、その身を空へ飛ばすこともできたのだ。 それともう一つ、少女にはある強力な魔法がかけられていた。 彼女は、その魔法により、戦闘能力のリミッターを自由に外すことができるのだ。全ての生き物は、体を守るために自身の持つ力を全て出し切ることはできない。体が壊れてしまわないよう、堰がしてあるのだ。しかし、それをせき止めている堰を取り去ることにより、圧倒的な戦闘能力を得ることができるのだ。 けれどその代償として、少女は自身の記憶を封じ、長い間眠りにつかなければならなかった。諸刃の剣ともいえる強大な力を手にいれた体を守るために、必要な措置であったのだ。 彼女の封じる記憶は、戦闘の記憶や日常の記憶、はたまた感情の記憶といったものまで、全てに至って封印された。一度封じられた記憶は、もう二度と呼び戻されることはない。文字通り少女は戦闘人形だったのである。 記憶を封じる際に他者が介入し、必要な情報だけ封じないようにもすることや、全く別の記憶を注入するもできた。ユーアリアは軍の情報や、効率のいい戦闘方法を少女へ詰め込み、また消されないようにしたのである。 ユーアリアはこの少女を有効に使った。戦場に投入すれば、全ての戦いに勝つことができ、少女の成した戦功は、ユーアリアに舞い降りた戦乙女として広められた。絶望感が漂っていた民衆は、この光明の光にすがり、瞬く間に噂が広まっていった。 少女は戦いに勝利する度に記憶を消され、また目覚める度に戦いへ向かった。 そして少女は、ユーアリアを勝利に導くのである。 一般に荒野の戦いと呼ばれているその大戦は、この一連の戦争の中でも、戦乙女がユーアリアを勝利に導いた大戦役と言われているが、実際はユーアリア本隊が攻め込むための一石を投じただけにすぎない。 戦乙女はカサレル荒野で十分すぎる戦功をなした。大国一の将軍の首を取り、前線を瓦解させるに至ったのである。堅固な防衛線を築いていた大国に亀裂を走らせるには、充分すぎる戦いであった。 けれども、彼女はユーアリアに戻ると、褒章も何もなく、ただ無慈悲な永遠の眠りに処せられた。 その後、ユーアリアは大国に勝利を収め、北の大地の覇権を勝ちとったのである。 彼女はそれ以後の歴史に現れることはなかった。そのため、人々は本当にユーアリアを勝利に導いた戦女神だと崇め、戦乙女伝説と呼ばれる書籍や詩歌は人気を博し、それは今日に至るまで続いている。 戦乙女は、今もどこかで眠り続けているのであろう。自身の記憶のずべてを投げ打ち、ユーアリアを勝利に導いた立役者であるのに、悲しき運命を背負ってしまった、美しき少女。 ユーアリアの戦乙女は今日も、自身が目覚める時を夢に見続けるのだ。 おわり |
ユーアリアの始まりの話。 ここから、少女は始まったのです。 11・0126 |