戦乙女への憧憬

 その人が強くあってほしいと、願い続けていたのかもしれない。
 その人だけは決して倒れずに、悠然と戦場に立ち続け、猛然と戦い続ける。 決して孤軍奮闘ではなく、いや、むしろその人に敵対するものどもが孤立していると錯覚するような、強さ。 その強さを、祈るように求めていたのかもしれない。
 なら、今は? 今は、どうなのだろう。

 寝物語のように戦乙女の伝説を聴き、育った。父や母、はてや妹までもその話は嘘だといった。 確かに、我がユーアリアはさきの大戦に勝利し、建国した国だ。けれど、戦乙女なんて。ただの伝説だろう、いるわけないと。
 しかし、祖父がいたために話は少しこじれる。 祖父は絶対的な規律を破り、戦乙女と共に戦った唯一の騎士であり、そして戦乙女の伝説はいつも祖父が語るのだ。 真実を知るもの――とされているもの――が語る話はいかに信じがたい話であっても、その話は真実味を帯びる。 祖父は戦乙女の本まで書いていた。父は嫌っていたが、祖父がいないときはずっと読んでいた。
 だからこそ、自分は祖父にせがんだのかもしれない。 嘘かもしれない。けれど、どこか真実味を帯びた不思議で神秘的な、もはや神話と言っていい話を。 少し痴呆の気があった祖父に、何十回と聴いたのにまだ聴いたことがないとせがみ、 祖父はいかにもこれが初めて孫に語るのだと話し始めるのだ。幾度となく聴いた話なのに、それは瑞々しく、胸躍らせた。
 ――ある時は少年は勇猛と戦う騎士となった。
 ――またある時は少年は天駆ける竜となった。
 しかし、少年は戦乙女にだけはなれなかった。今思えば、そのときからすでに少年は戦乙女に恋い焦がれていたのかもしれない。 決して会えず、決して触れられず、決して自らの前に姿を現さない。 なのに鮮明に、目の前の妹より鮮明に、視覚に嗅覚に聴覚に焼き付き離れない、孤高の戦士。
 戦乙女。
 少年は祖父のように竜騎士となることをためらわなかった。 いつか祖父のように、戦乙女とあいまみえることができると、小さな希望を持つことができるのだから。
 そしてその夢は叶えられたのだ。


「戦乙女さん!」
階段の上から呼びかけると、その美しい銀の髪が揺れ、少女はこちらを向いた。
 カンカンと靴音を鳴らせ、階下へ行く。
――ああ、そうだ。この人は、こんなにも気高く、こんなにも美しい。
 そんな人は他にこの世にいるのだろうかと自問しながら、青年は主たる少女の横へ駆けていく。
 幼き日の憧憬をこめて、今をゆくのだ。


おわり。


アルフレッドの過去話です。
アルフレッドにとって戦乙女さんは尊敬する人であり、隣で笑っていて欲しい人でもあり……そんな関係です。
つまりはゾッコンラブですねw





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