庭園にて |
朝、空が白み始めた頃に少女は目覚めた。 心地よいまどろみが自分を満たしていく感覚をおしはらい、バルコニーへ出ると、乾いた冷たい朝の空気の中で深呼吸する。夢の世界は彼方へと去っていき、少女は完全に目を覚ました。 長い間朝靄の中の美しい町並みを眺めていると、ふいにコツコツと扉を叩く音がした。 「おはようございます、戦乙女さん。そろそろ朝ご飯を食べに行きませんか?」 来客はもちろん、あの竜騎士であろう。気づけばすでに日は昇り、朝靄はすっかり晴れ渡っていた。 「わかった。悪いが、着替えるから少し待ってくれないか?」 「わかりました。なら、城の庭で待ってますね。」 少女は着慣れた防具を着る。青を基調とした服に、局所を強化する革鎧。防御よりも身軽さを重視した装備である。慣れてしまえば着るのに10分もかからない。しっかりと靴紐を結んだら完了だ。 銀の髪を朝の光に煌めかせ、少女は回廊を歩んでいく。 アウエル家の居住区から回廊をいくつか渡り、大階段を降りると、ユーアリアの城が誇る、大庭園が広がっている。しっかりと手入れされた庭園では、いつの季節も色とりどりの花が咲き、見る人の目を和ませていた。今はちょうど白い花が満開に咲き誇り、そこここで談笑する姿が見てとれた。 青年は庭園の入り口に近いところにいるだろうとあたりをつけていたのだが、なかなか見あたらなかった。いつもはもっと近いところでただ時間を潰しているという風なのに、いつもと違ってもっと遠くへ行ってしまっただろうか……。 庭園をキョロキョロと目を配らせて歩いていると、ついに青年を見つけた。 「アルフレッド――」 何度か呼んでいるとやっと青年は気づき、あわてて少女の元へやってきた。 「すいません! 俺、だいぶ遠くまで来てましたね。」 「それはいいんだが……。その花は?」 青年の手には白く大きな花が一輪、握られていた。 「ああ、これですか? これは……――」 おもむろに青年は少女の顔の方へ手をのばし、 「――戦乙女さんに似合うと思って。」 少女の髪へ花をさした。 「ああ、やっぱり、すごいきれいですよ! 髪の色が薄いからよけいに――」 ふいに青年は言葉をつぐみ、目を見はった。少女が少女らしからぬ、きょとんとした顔で青年を見つめていたからだ。 そして顔を赤らめ、照れ笑いをする。 (――か、わっ……!) 青年は一気に顔が赤くなったことを自覚した。ふいに、小柄な少女の体が実は華奢であることに気がついた。今抱きしめてしまえばこの人は折れてしまうのかもしれない―― 「……私に花は似合わないな。」 そう言いながら少女は花を髪から抜くと、青年に向かって差し出した。 「きっと、お前の方が似合うんじゃないか?」 「え、あ、いや、でも、」 しどろもどろになりながら、差し出された花を受け取った。 「さあ、朝ご飯を食べに行こうではないか。おなかがペコペコだ。」 少女はくるりと後ろを向いて歩いていく。 「戦乙女さ……」 ふいに足を止めて振り向くと、 「でも、ありがとうな。」 やわらかな陽射しの中で、微笑んだ。 ――サアア―― 風が少女の銀の髪と花々を揺らす。逆光の中で少女が滲んでいく―― (き、れい) 「――どうした、アルフレッド。呆けた顔をして。朝ご飯はいいのか?」 「あ、いや――」 (……かなわないな。) 軽く駆けだし青年は少女の横に並ぶと、 「――そうですね、デザートまでペロッといけちゃいそうですよ。」 花を食べる真似をする。少女は得意げな顔をして、 「私はいつも食べているがな。今日は何だろうか? ティラミスならいいな……。」 「あれ、好きでしたっけ?」 「なんか今すごい食べたい。アルフレッドは何かあるか?」 「あー……、なら、俺もティラミスで。」 少女は笑う。どんな花にも勝る、美しい顔で。 「あ、ユーリアだ。」 金髪の少女が駆けてきた。 「お兄さま、戦乙女さん、おはようございます。お二人とも朝ご飯はお済みですか?」 「ああ、今から行くところだよ。 ……あ、そうだ、先に二人で行っといてくれないかな? 隊の部屋に用事があるから。」 青年は花を指さした。 「わかった。はやく来いよ? ティラミス、食べてしまうからな。」 「――はい。」 青年は微笑むと、光の方へ駆けていった。 おわり |
くさめさんとアルフレッドは仲良しですね。 こう、ぶわってなって、くさめさんの笑顔がにじむ、そんな情景が好きなようです。 10・0705 |