その月が照らす夜に

 銀の少女は、ぼんやりと月を眺めていました。ユーアリアの樹海の深奥の、木々がぽっかりとあけたところから、輝かしい銀の月がのぞいていたのです。
 髪の短い少女が、銀の少女を目を細めて眺めて――いや、にらみつけていました。
 銀の少女は物憂げにそちらの方を見やると、どうしたのと呟きました。
「……あんたは、イヤじゃないの? もうこの森から、神聖なるこの地から、出て行かなくちゃいけないのよ。」
「……あんまり気にしてない。」
 銀の少女はごく小さな声で呟きました。
「なによ。あんた、イケニエになるのよ。妖精コビトである事を剥奪されて、あの忌々しい人間の貢ぎ物にされてしまうのよ!」
 語気を荒げて髪の短い少女は言います。目には涙がたまっていました。
「カタリナ。」
 銀の少女は、はっきりと髪の短い少女の名を呼びました。
 自分より澄んだ、緑の目がカタリナを射ていました。
「私は、イヤイヤ行く訳じゃないのよ。むしろ、この地から出られて、嬉しいのよ。」
「そんな――!」
 銀の少女の、不思議な目の輝きから、カタリナは目が離せませんでした。
「私たちは、魔力を用いて、永久に近い時を生きることができるわ。だけど、私たちにはそれだけしかできない。」
「……。」
「有り余る魔力は、自身に破滅を及ぼすわ。――私のように。」
「違う! 違うわ!」
 カタリナは、ぎゅっと手を握りしめて、涙を滲ませた目で言います。
「だからって、だからってあんたが行かなくてもいいじゃない! 私にはあんたが必要なのよ!」
「……。」
 銀の少女は、うつむきました。
「……カタリナ。私たちは、戦士になるべく育てられてきたわ。私たちはそれに応えてきた。その応えの終着点が、きっと、私なのよ。」
「そんな……! そんなの、女王様の思し召しではないわ!」
「私が、望んだのよ。」
「――っ!」
「妖精コビトであるものは、女王様の意志逆らえないわ。だけど、私もそう望んだのよ。」
「だけど、だけど……!」
 月明かりに照らされ、カタリナには銀の少女が神々しく見えました。
「ねえ。私がカタリナのことを忘れても、私のこと、覚えててくれる?」
「もちろんよ。決まってるじゃない。」
 涙を拭って、きっぱりといいました。
「私は、あんたのことを忘れないわ。いつかあんたに会いに行って、あんたの名前を呼んであげるわ。」
「――ありがとう。」
 銀の少女はほほえみました。妖精コビトの女王と見まがうほど、美しい笑顔で。
「もう、帰った方がいいわ。そろそろ、月が昇りきってしまう。」
「――あ、うん。」
「さようなら。」
「ええ、また今度。」
 カタリナは足早に去っていきました。
「……。」
 銀の少女は物憂げに月を眺めます。
「  月よ。我が月よ。
   あなたは我が手に届かぬところに浮かび
   誰のものにもならぬのでしょう。
   あぁ、月よ。
   我が友を永遠に照らしたまえ
   私の代わりに、我が友を見守りたまえ――」
 詩歌を口ずさむ銀の少女を、槍を持った兵士が哀れむように眺めていました。
「――時間だ。」
「えぇ。わかっています。さぁ、行きましょう。」
「……。」
 妖精コビトの兵士は、銀の少女を連れ出しました。少女の行く末を思い、兵士は一言も喋りませんでした。
 輝かしい銀の月だけが、その場に残りました。月は永遠に、その場を照らし続けていました。


おわり

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 それはそれは、昔のお話です。

11・0126





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