ユーアリアの春

 さわさわと、風が木の葉を揺らす。
 その風は塔にぶつかり、頂の風見をまわす。人々は風見を眺め、今日の運勢を占うのだ。
 ――風見がこっちを向いたぞ。今日はいいことあるな。
 風に勇気をもらい、人々は歩き出す。そうして今日もまた、ユーアリアを造っていくのだ。


「戦乙女さんは本当にここが好きですね。」
 人々が風占いをする塔の急な屋根に、長い銀の髪をなびかせ、美しい少女が座っていた。
 そこには本来、上ることなどできないはずなのだが――なにせ国で一番高い塔の屋根の上である――、少女は何食わぬ顔で座っている。
「ユーアリアの町並みと、街を囲む山脈が一度に眺められるからな。こんなところ、この場所しかないだろう。」
「王の塔もそうですよ。あそこは360度の大パノラマですからねー。」
 話しかける青年は、その真下の塔の屋上展望台にいた。しかし、この塔の展望台へも長い階段を登らなければならないのである。 この塔からの眺めは絶景、の一言であるが、あまりの階段のきつさに来る人は少なく、 従って二人は少々、いやそれ以上の変わり者である。
「おまえはなんだ、私に王の塔へ何の用もなく図々しく入って、この町並みをただ眺めろというのか。そんなことできるか、阿呆めが。」
「ははは、そうですね。だけどウィルフなら簡単に入れてくれそうですよ。むしろ大歓迎じゃないんですかね。」
「そうだろうな……。しかし、あのお方は王としてはどうかとも思えるがな……。」
「まぁ俺の後輩ですからねー。」
 青年は朗らかに笑った。
 季節は、春。
 水色に広がる空の下、山には眠りから覚めた木々が芽吹き、新緑の明るい色彩で覆っている。 街では色とりどりの花が咲き、白い母屋に栄える、朱色の屋根の印象まで明るくなっていた。 山から吹き付ける風もゆるまり、天空神リアがユーアリアの春を祝福しているかのようであった。
 少女がこの地に目覚めてから、二つの季節が巡った。秋冬と、眠りに向かう季節が終わり、新たなる目覚めの春である。
 最近の少女は、普段の落ち着きはらった態度ではなく、少し浮かれているようである。
「風が……かわったな。においが違う。」
「春って、香りがありますよね。花のように華やかで、どこか初々しいような香り、まるで花売りの少女のような。」
「……おまえは詩人だったのか。」
「ははは、竜騎士といえども一応名家の出ですから、一通りの教養はありますよ。戦乙女さんこそ、そういうのはないんですか?」
「私か? ……私はそんなものはない。戦闘の技術だけだ。」
 少女は足を曲げ、小さく座り直した。
 青年はほほえみ、
「これから教えてあげますよ、戦場の外の知恵や生活を。かわりに俺に戦術を教えてくださいね。」

 ――ざわっ

 ひときわ強い風が吹く。 カラカラと風見が回り、少女の長い髪をなびかせた。
 少女はふわりと笑い、
「……そうだな。私も、人のような――」
「えっ、何かいいましたか?」
(風で声が遮られてしまったのか。……それならそれでいい。)
「いや、これからは厳しくいくぞといった。」
「えぇっ、それは……!?」
「さぁ、行くぞ。そろそろ陛下との約束の時間だ。」
 少女は立ち上がると、背中に煌めく翼を生み出し、そのまま一直線に塔を降下した。
「ああっ、待ってくださいよ〜。行こうタマノハ!」
 青年の後ろで丸くなり眠っていた小さなドラゴンが目を覚まし、魔法をといて元の大きさに戻り、 青年を乗せたドラゴンは、少女と同じく塔を一直線に降下していった。

 ――季節は、春。
 大地が芽吹き、すべてが始まる、ユーアリアの春。
 そこには、戦乙女と呼ばれる、少女がいた。

おわり

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ユーアリアという国のイメージを詰め込んでみました。
山に囲まれた高台の盆地。白い壁と朱色の屋根の家々。緑豊かで、風とともに歩む街。
いい町です〜^^
アルフレッドはタマノハに乗って駆け上がります。なので、実は二人とも階段を使って塔に上ったことないです(笑)

08・0312 (09・1119 改稿)




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