愛して

(愛して 愛して 愛して! 私だけを 愛して!)

「……これは過激だったかな。」
 アルフレッドは頭をかいた。
 今日は親しい人――単純明快にいうと恋い慕う人にプレゼントをあげる日だ。10数年前から始まった行事だが、ここ数年殊更に盛り上がるようになり、それに呼応するように市場も拡大しているらしい。
 アルフレッドに市場のことなど関係ない。関係あるのは、
(にしても……、恋い慕う人、かぁ……。)
 そこである。
 あげるべき人は一人しかいないように思える。いや、一人しかいないだろう。よりによって、あの人である。プレゼントを買いはしたが――城から十二分に離れた場所で買ったことは言うまでもない――これを渡すのか。渡すのならショッキングピンクの包装紙に包まれたお菓子――堅く砂糖にくるまれた日持ちのする焼き菓子――についてきた、あげる側の気持ちを代弁したようなタグをどうにかせねばならない。
 そう、それが、愛して――、だ。
「別に……、愛してるわけじゃあ……ない……、よなぁ……?」
 迂闊だった。タグに気づかなかったのだ。もしかしたらあとから店員が気を利かせてつけたのかもしれない。タグ如き、外してしまえばとも思うのだが、これがまた厄介なことに、タグを外してしまえば包装が全てとかれてしまうのだ。また包装し直す手をアルフレッドは知らなかった。
 言葉はユーアリアで一般的に使われている言語とは違っていたが、多分あの人は意味を知っているだろう。
 いっそのこと、渡さないという手もあるが、それはそれでこのプレゼントがもったいないとも思う。イヤなところでケチだなぁと自分であきれてしまう。
 さて、どうしたものか――、と3日前から今日に至るまで悩み続けているということであった。
 そもそも愛しているのだろうか? ……否定するのもイヤだが、肯定するのもなぁと思う。好きだということを否定したくはない。……いや、好きなのか。いや、好きだろう……。愛、という単語はいけないと思う。愛とは好き、という言葉とは別な――そう一生共にいたいだとか、結婚してほしいとか、そういった一生に一回しか使わないような単語ではないのか。軽々しく使っていいような単語ではないと思う。
 ……わかっている。この小さな軽い箱に翻弄されているということくらい。軽い気持ちでこの箱を選んだことを後悔してきた。
「あぁ、なんて……アホなんだ……。」
 買ってから何度ともなくうなだれているように、またがっくりきた。
 ついに決心をして、部屋から出ようとした瞬間、

 ――コンコン

「アルフレッド、いるか?」
 毎回のことだが、なんとタイミングのいいことだろう。扉の先にいるのはそう、問題の戦乙女だ。
 素直に応じようかと右手に持った箱とノブを交互にみやりながら悩んでいると、イライラしたように何度もノックされる。
「――あーっもう、いるんだろうどアホウ!」「戦おとぶぁっ!」
 戦乙女が扉を開けると、そこには誰もいなかった。
「……? さっき声がしたんだがなぁ……。」

 ――パタン。

 ……アルフレッドは扉の裏にいた。
「イタタタ……。思いっきり鼻打った……。」
 鼻というより顔全体打った。鼻がへこんだかもしれない。今度戦乙女の扉の開け方を注意せねばなるまい。
 ――クシャリ。
「あ……。」
 右手の箱は無惨にもくしゃくしゃになってしまっていた。箱はつぶれ、中の焼き菓子も形を崩しているだろう。
「もうこれじゃ、渡せないなぁ……そうか……。」
 気持ちを決めきれない自分にはぴったりの最後ではないか。渡す渡さないではなく、渡せないのだ。選択肢なんてはじめから存在しない。
 よし、とつぶやき、箱を握ったまま部屋から出る。一足で竜舎へむかい、空へ。向かうのは天高い塔の上ではない。向かうのは――
「……なんでお前が今日来るんだ。」
「なんだよ〜、来たっていいだろ? 別にお前にプレゼントがあるってわけじゃないけどさ。」
「……あったらあったで困る。」
 魔法使い――ユールの庵である。いつもより眉間のしわが多いような気もするが、気にしないことにする。
「ってお前、プレゼントのこと知ってるんだ? もしやユーリアにあげようと考えたとか!」
「……。」
 ものすごい顔でにらまれた。図星だったのだ。
「……お前は戦乙女にあげたのか。」
「俺は無理だったさ。」
 と、くしゃくしゃにつぶれた箱を差し出す。
「あげる前にパーだ。だから一緒に食べようぜ心の友よ!」
「……お前らしいな。」
「らしいだろ!」
 にかっと、清々しいほどの笑みで笑ってみる。アルフレッドが包みを開けていると、
「……実はな。」
 ユールは立ち上がり、なにやら似つかわしくないショッキングピンクの箱を奥から持ってきた。
「俺も、買ったんだ。これ。」

「「……。」」

「……愛して、だろ?」
「愛して、だな。」
「愛してって重いよな、コレ。」
「このタグがなければあげれたんだが……。」

「「……。」」

 男二人、同じことをしていたようだ。どちらからともなく笑いが漏れた。はじめはくつくつと、次第に大声あげて。
「あぁお腹痛い! 俺らアホだな!」
「だな。この焼き菓子っておいしいのか?」
「食べたことない? くさめさんが好きなんだよ、コレ。」
 包み紙の奥に眠っていたのは何の変哲のないただのおいしい焼き菓子だった。男二人は楽しくそれを食べたのだった。


「戦乙女さん、お兄さまに渡せたんですの?」
「部屋に行ったんだが、あいつがいなかった。……ユーリア、一緒に食べようか。」
「あら! でもいいの? お兄さまにむけてのものではなかったの?」
「この焼き菓子は大好きだし、アルフレッドにあげるのはどこかしゃくだったから……いいんだ。」
 そう言いながらショッキングピンクの包み紙をほどき始めた。
 はらりとタグが落ちる。そこにはユーアリアでは一般的には使われていない言葉でこう書かれていた。
(愛して 愛して 愛して! 私だけを 愛して!)
 ――と。


おわり。


くさめさんがなぜ持っていたのかは秘密ですw

09・0212 (09・1119 改稿)





inserted by FC2 system